The Donor(火取ゆきのこと)


〜ギタリストの方ばっかり見てちっとも私の方みてなかったじゃん〜



  青山通りを外苑前方向へ自転車をこいでいると公共財が自らオレ様を選び、近づいてきやがっ

た。「あなた何度も自転車で人を轢こうとしていたじゃないですか!我々は渋谷駅からずっと

跡をつけてきたんですよ!(出た!公共財はこのような日本固有の性質から外国の研究者に比

較対象として関心を寄せられるんだぜ)」そのサービスを享受するのは、オレ様以外の全ての

人ということなのだろうが、それでも「パトロール中」という文字を目にし、待ち惚けを喰わ

された人もいただろうよ(これも混雑費用だぜ)。それにオレ様が幼少時いつもバイキンマン

様役を進んで演じていたというのは事実だが、それはあんパンが好きではなかったのと、ド

キンちゃんの喜ぶ顔が見たかったからだっつーの。



例えば、「私ノ前デ犯レルノカナ?」という権高だったはずの台詞が「犯ッタノハ、アイツデ

スヨ」と慎ましくなってしまった監視カメラ(≠防犯カメラ)とその行為(自らの職業に起因

する権威的な眼球を客体の義眼として移植しようと試みること)は相補的なもの、前者が事後

的なら後者は事前的なもの、として機能しているのだろうし、外的行動や外見などの可感的な

ものから犯罪者の分身像を結ぶことで予め危険を排除しようとする意図も理解できる。裏通り

や横丁など、一望が困難で複雑な、「空間の自由」が保持されている区画での意義もあるだろ

う。都市という形態学的要因、また実際の統計を無視して喧伝された治安悪化と、それに伴い

暗転した体感治安という社会的趨勢も言うに及ばず。だからその行為が情緒や因習に基づくも

のでない限り否定はしない。ただ、功利主義的に個々人を近似化し計算して、実際の通行人に

対してまでも、属性として分類された誰でもない「サンプルA」として接触すること、つまり「お

前たちという存在は形式によって形式的に守られているのだから、形式的に扱われて当然なの

だ!」という統治者然とした態度をとることは、とんでもない倒錯というだけだ。アンパンマ

ンの精神に基づく道徳原理を掲げながら、「鉄骨バイ金蹴り」を打てばジャムおじさんは驚く

だろ?(財布の中の送り状の控えを見て)「火取さんって誰?」「知り合いのおばさんです

(他になんと答える事ができたというのだ)。」



「もしも〜し、火取ですけど〜。」その知り合いのおばさん、いや、火取さんからの電話だ

ということは、周波数がカットされても余裕で残ってしまう圧倒的な芯の強さのある声で、名

乗り終えるより前に了解した。「今ね〜、これね〜、ライブハウスの電話からかけてる。丁度

終わったところ(土曜の午後11時34分!)。今度ライブあるから、よかったらおいでよ。」そ

う言われ、そういえばもう長い間ご無沙汰だったけど現在はどんな詩を歌っているのかな、と

一番最後に見たのがいつだったかも思い出せないまま、電話してくれた事を感謝しつつ深谷、

そして歌舞伎町へおそらく、およそ三年振りに火取さんの舞台を見に行った。



深谷では滅多に人とすれ違わなかったのでここは私的空間かと錯覚させてくれ、歌舞伎町

は容易にシミュレートできそうな重要参考人により私化されていたので、他人の路上かと諦め

させてくれたように、そこを歩いて会場に辿り着いた火取さんの舞台にも差異は存在した。し

かしそれを織り込んでも、私が見てとった変化は通底するものだ。その中で最もわかりやすいも

の、つまり、かつて、明らかな色彩を放ちながら幻想的な空間を舞台上に仮構し、毎回演奏さ

れる事が約束されていた”真昼の星空”、”海へ”、”新世界”(これらはまた、本人の作詩

でもない曲なのだが)といった曲、もしくは観念的な歌詞をもったものがあまり歌われなくな

っており、自作の曲や”ワルツ”、”サーカス”といった人間や社会に対する洞察が多く歌わ

れるようになっていた。それは火取さんが、歌手生活の中で分け与えられていた属性、もしく

は役割期待から一歩踏み出すことで、本能的意志により接近し、自律性を高めようとした結果

であり、例えば編成の変化(不在になったギタリスト、つまりここで問題になるのはプレイヤ

ーとしてではなく、ギタリストが描写する世界)はそれに伴い必然的な行為であるし、他の変化

の理由もそれと同じだと私は考える。



私が火取さんにとてもお世話になっていた頃、その日常を舞台上に投影しないように構えるが、

一瞬で吹き飛ばされてしまっていた頃、そこに座っていただけの私は舞台上の複数の演者(当時

は三人)に対し、視点さえも定められずにいた。そして火取さんの視線もこちらには無かった

ように思うし、それは聴衆から離れていこうとする演者としての在り方、もしくは演者からさ

え離れていこうとする演者としての在り方だったのだろうと解釈している(実際に”海へ”を

歌っていた火取さんは私から段々と遠ざかっていき、終にはその姿を消していた。岸辺に立ち

つくし、人の「生」という境界を自らで引き延ばすように海へと入水していった)。だから、

おそらくその当時の場内は複眼的な空間で成り立っていたと思うが、それが独りになったこ

とで空間は、はっきりと単眼的になった。私が定めるべき視点を獲得したのは、演者が一人し

か存在しなくなったからではなく、火取さんが聴衆に対して近付きもせず離れもせずそこに立

っていたからであり、火取さんの視線がこちらにあったからだ。そして衣裳と髪型の劇的な変

化も、「火取」という人格を解放し、署名を強調するための手段であろう、結果として聴

衆が演者に対し接近しやすくなる効果が生じていた。それはまた、火取さんが環境に帰因する

諸関係の中で影響を受け纏っていた意匠を脱ぎ捨て、周囲のアーティストと共有していた価値

観を再考し、今一度、舞台を構築しようとする作業であったはずだ。



以前ならば、火取さんはその衣裳や声、そして名前などを組み合わせることで大 概は

「神秘的」な人として紡がれていたと思うが、実際は天然のおもしろい人だ(親しくない 人も

「しい子ちゃ〜ん」と愛称で呼びかけても問題ない。きっと照れながらも微笑み返してく れると

思う。)。そして何よりも受苦者を慮り、人と人との断絶に最も心を痛めている愛他的 な人だ。

その、常に人間的なものを認めようとする生身の火取さんの自画像が、本能的意志により接近

し自律性を高めようとすることで、より正確な姿で提出された。視線は違和を感じさせること

なくこちらに向けられ、同時に舞台上に中心が生まれることで会場の視線は一つの方向に収ま

った。私はその光景があまりにも素敵だったから、後方からずっと見渡していた。演者と聴衆

が交感するように双方向に交わされる歌。最後まで火取さんとそのまなざしは人格を有し舞台

上にあった、私的空間・公的空間と問わずに身体は検出物の集合体であるとみなされ、行動は

「サンプルA」として一方的に監視されながら扱われることで、自由に泳ぐ事が許されている空

間の対極に存在するかのように互いに。また、勝手なフィルターがかかっていたからであろう

か、舞台を駆け回ったり、敢えて窮屈な姿勢を取るのは、日常においてバラバラに抹殺された

肉体を再生しようとしているのではないか、と映った。舞台終了後、私は肉体の可動域が少し

拡がったような感覚が残るうちに外を歩いてみたかったので、挨拶もせずに会場を後にした。

そして公的空間でありながら演者にとってその性質は私的空間に近い舞台において、その火取

さんの本能的意志や人間性に従う在り方だけで、舞台、そして会場を一つの公的空間へと纏め

た場に居合わせて、火取さんにとって自らを解放する事とは、まず自らの居場所を開放するこ

とであったのではないか、という考えが、車内で携帯ゲームに没頭する成人男性を見ていると

湧いてきた。



後日、電話がかかってきた。「誕生日おめでと〜。」「誕生日ってうれしいもんですか?」

「う〜ん、でもまた頑張って生きようと思うよね。」その後しばらく話をして、その言葉がど

んな文脈から出たのか、また誰に向けられて発せられたのかも記憶が定かではない。しかし

それが「とにかく生きてればいいから。」という祈りの言葉だった事だけは確かだ。



INDEX