Twilight(幼馴染に)


〜この星から太陽までの距離よりも、生まれた距離、そして今は亡き富山市立清水町小学校に感謝して〜



  「え〜と、はい、そうですが、どちら様でしょうか?はい?はい、ちょっと声を聞いただけで

はわからないのですが〜。」「あん?お前の携帯におれの番号、入ってねえがんか、ったくよ

〜、!オレだ俺!ババだ馬場!わかっだろ!今度、結婚すっことになってよお、東京でやっか

らよ〜、お前、結婚式に来てくれよ。それとよ〜、俺結婚したら看護師辞めて、富山に帰って

オヤジの後を継ぐことにしたがんよ〜、なあ!おい!わあったか?おい!おい!わあった?東

京におる奴ってお前ぐらいしかおらんがんよ〜、っていうか聞いとる?」休日の夜、不意に鳴

った三年振りの電話。「いや〜、ま〜何となくわかったけどさ〜、その一週間後にTOEICの試験

あんがんだけど〜、絶対行かんといけんがんか〜?」少し渋ってみると、珍しく、一生に一度

の事だから無理をしてでもと言われ、学校も先生も、何もなしに幼馴染みの結婚式へ行った。

都心から電車で一時間、暮れ方、式場の最寄り駅に下車した。立ち所に、幽かに足元から違和

感を感じた。履き馴れていない靴のせい?いや、その違和感は足だけに留まらず、やがて体全

体に感じるものとなった。すると遠方には、生命の萌芽を予感させる山々の尾根が目指すべき

雲間を向き、大地を胎盤として胎動していた。山の内部に溜め込んだエネルギーが、空に向け

て勢いよく飛び出してしまっても、それは空に吸い込まれて決して地上に降り積もる心配はな

さそうだった。そして下を向くと十二単が幾重にも、永遠に入れ変わることのないその土に濃

い紫色の花弁を開き、遠くからは葉ずれの音が今にも聞こえてきそうだった。薄暗い無人改札

の駅舎の空気にも不在の駅員を埋めるように、木々や花々の心音が伝わり、開け放たれた駅舎

を通り抜ける風に、どこまでが中でどこからが外なのかが分らなかった。人から最もかけ離れ

てしまっているであろう、このような地を踏みしめ、普段、自分は一体、何の上を歩いている

のだろうと可笑しくなった。マグマの海は随分と生まれ変わり、歩きやすくなったものだ。隣

にはカミキリムシも、遮るものがない道をのそのそと歩いていく。




次の送迎バスまで時間があったので、案内状の「駅から徒歩十五分」を信じて、歩くことにし

た。地図を眺めながら地図の示す通りに三十分近く歩いた。民家はかろうじて点在するが人が

全く見当たらない。そして漸く、二階のベランダで洗濯物を取り込んでいる人を見つけたので、

尋ねることができた。「この辺りに結婚式場があると思うのですがご存じないでしょうか?」

「結婚式場?えっ葬儀場じゃなくて?葬儀場ならすぐそこにありますけど。」「…、それでは

Y町はどちらかわかりますか?」「Y町でしたら反対ですよ、あの丁度、星が見えるほうです」

気がつかなかったが、今しがた見えていたはずの夕日は、その果実を既に山の端に落とし終え

ていた。その上を飛び去って行ったのはきっと、コウノトリだったと思う。教えてもらった通

りに暫く歩き、式場に近付いた頃、光の薄い膜に巻かれた無限の弦が頭上に張られていた。右

腕の脈拍に合わせるように、風が天の川を吹き下ろしていた。それは紛れもなく全ての弦を眼

下の樹木で鳴らしていた。そして、それに招かれるように式場はあった。雨に濡れた事も大気

に触れた事さえもないような純白の建物。その内部から発せられた祝福が、どこまでも届くよ

うに光という形をとり窓から溢れていた。光の射し方で変化する微細な色も、結局は「白」

としか言いようがなかった。やがて、頭上の星は、この数え切れない「白」を瞬いているので

はないか、と思うようになった。時計台の時刻が見えた。開始まで少し時間があった。時計台

の針は確かに進んでいた。しかし、日の出とともにそれは止まるのではないか、そういう雰囲

気を漂わせながらそれはあった。そして、溢れる光に飲まれるように式場に足を踏み入れた。




「あのさ、高校の時にさ、停学になったの知ってる?河川敷でW君と一服してるとこをN先生に

見つかったんだけどさ。ほんとはそん時に吸ってたのW君だけだったんだよ。でもあいつ、俺

が一人で吸いました、って言ってさ。W君が大学の推薦入試で入学が内定してたからって。」

「久しぶりに学校からの帰りが一緒になってさ、自転車に乗ってたんだけどそしたら急に、オ

レ今から板前になるためにチャリで京都行くんよ、って言ってさ。最初は驚いたけど、まぁす

ぐに何となく理由もわかったしアイツらしいなって思って。その前に家に寄ってもらって、ホ

ッカイロを沢山あげたんだけど、後から聞いたらすごく役に立ったって笑ってた。」開始前、

来賓は椅子の上でテーブルという星座を結んでいた。互いにあまり面識のない各人が、二人に

まつわる異なる時代の、異なる世界の昔話を紡ぎ合うことで。しかし、新郎がテレビドラマに

影響されて看護師を志した事は、意外と知られていないようだった。昔は「医者になるがんか

?」と尋ねたら、決まって「お前、医者なんて人の頭を開いて何が楽しいがんよ。」と言い返

していたのに。ただ、小学校時代、来校した歯科衛生士に、ブラッシングが上手な生徒に選ば

れて、全校生徒の前で模範生徒として実演していたので、ブラッシングには長けていたのだと

思う。衛生士に「誰に習いましたか?」と聞かれて得意げに「自己流です。」と答えていたが、

そのスタンスは三歳の頃から一貫している。一方、後方の最も目に付かない所では、二人の父

と母が海を広げていた。入り口でも出口でもない、父と母そのものとして。秘する何かに、父

は「ガハハハハ。」と海鳴りのように笑い続け、映る何かに母はその瞳に満ち干を繰り返して

いた。やがて満潮に合わせるように海は凪いだ。そして二人はそこから、黄色いウェディング

ドレスとグレーのタキシードで姿を現した。




帰りの車中、一つ目の駅で女性が乗車してきた。とても可愛かった。次の駅でも女性が乗車し

てきた。もっと可愛かった。その次の駅でも女性が乗車してきた。更に可愛かった。自然数列

のように駅はどこまでも続き、そこに乗車する女性もまた同じだけ存在した。電車はそれを回

っていた。そして今日、新郎は一つの駅で下車した。数えることを放棄したのではなく、自然

数列の最後を突き止めて。

「黄色のそのドレスで飛べばいい。そのタキシードは必ず開くから。」



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